暮らしの挿話

日々の暮らしのなかに在る、身近なものたち。それらにまつわる物語を綴ります。

夏の終わりの線香花火

「みんなで花火しませんか?」時刻は夜の11時。まだまだ明るい我がオフィスでは、僕を含めて4人のスタッフが残業している。自慢じゃないがいつもの風景だ。その中でも今年入社した新卒の瑞穂ちゃんが、突然声をあげた。「だって毎日毎日遅くまで残って働…

インターネットの黒い雨

黒い雨が見える。理不尽な上司に罵倒される若者に、男から見下される女に、いじめられている子供に、黒い雨は誰にでも降り注ぐ。ときに数滴、ときに土砂降りに、黒い雨はいつもどこかで誰かを濡らしている。度が過ぎれば、雨はその人間を殺す。窒息させるの…

次回は氷のしろくまを

「ちゃんと勉強してるー?」 そう言って母ちゃんが無遠慮に扉を開けた。ジュースを差し入れてくれるのはいいけど、満面の笑顔にむかっとする。「すみません、ありがとうございます」俺と机を挟んで向かい合っている戸村がぺこりと頭を下げる。さすが戸村、礼…

考え過ぎな通学電車

「おい!おっさん大丈夫か!?」 俺は驚いた。どうしてあいつは、あんなに馬鹿なんだと。 朝の電車の中で、突然目の前のおっさんが倒れた。ほかの乗客は反射的に避け、彼の周りに空白地帯が出来る。誰もが少しの後ろめたさを感じながらも、面倒事には近寄り…

足のないワイングラス

我が家にワイングラスがやってきた。 けれど、おそらく今みなさんが想像したであろうワイングラスとは少し違う。それには"足"がない。一見するとただのコップに見えるが、これは確かにワイングラス。飲み口がすぼんだ、開きはじめの蕾のような形をしている。…

ちょうどサーキュレーター

「え、これ扇風機でしょ?」 「違うよ、それはサーキュレーター」エアコンなんてついていない俺の安アパートの一室で、美智が小首をかしげる。屋内とは思えないうだるような暑さと湿気の中、少しでも涼しさを求めて彼女は風の正面を陣取っている。「それって…

線路沿いの怪談

降り注ぐ蝉時雨に負けるものかと、私は足を進める。今日で3日連続の猛暑日だ。日陰が少ない線路沿いの道のため、女子としては日焼けが気になる。人間にはうんざりするような暑さも、蝉には快適なのだろうか。騒々しい鳴き声からは猛々しい生命力が感じられ…

早起きと珈琲

休日は、早くに目が醒める。そんな僕の習性を、「子供みたい」なんて言ってころころ笑う彼女と同棲を初めてもうすぐ1年になる。彼女を起こさないように、そっと布団から抜け出す。眠気覚ましにモーニングコーヒーの準備を始める。独り暮らしの頃から続けてい…