暮らしの挿話

日々の暮らしのなかに在る、身近なものたち。それらにまつわる物語を綴ります。

早起きと珈琲

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休日は、早くに目が醒める。
そんな僕の習性を、「子供みたい」なんて言ってころころ笑う彼女と同棲を初めてもうすぐ1年になる。
彼女を起こさないように、そっと布団から抜け出す。眠気覚ましにモーニングコーヒーの準備を始める。独り暮らしの頃から続けている僕の習慣のひとつだ。
ドリッパーに挽いた豆をセットし、琺瑯でゆっくりとお湯を垂らす。効率とスピードがものを言わせる現代で、時間をかけたものはそれだけで贅沢な気持ちになる。
少しずつ抽出した濃いめのコーヒーを、用意しておいたマグカップに注いでいるところで彼女が寝室から出てくる。
「おはよう、よく眠れた?」
「うー……」
彼女は寝ぼけ眼をこすりながらキッチンへ向かい、お気に入りのマグカップを持って戻ってきた。
「私も、飲みたいー」
「はいはい、眠り姫様」
差し出されたカップにゆっくりとコーヒーを満たす。彼女は指先を温めるように両手でマグカップを持ち、口に運ぶ。
「ふぅ」
彼女の頬が温かさで緩む。
彼女は、自分でコーヒーを淹れない。何度か勧めてみたけれど、「淹れてもらうコーヒー」が好きらしい。もっともらしく語ってはいたけれど、ようするにただの横着じゃないか、ちょっとずるいぞと思わなくもない。でも。
「やっぱり、淹れてもらうコーヒーは最高」
「ったく、またそれか」
「じゃあ訂正。あなたに淹れてもらうコーヒーだから、最高」
涼しげにそんな事を言う彼女に、僕は一生勝てる気がしない。
でもまあ、勝てなくても良い。大切なのは一生ってところだ。
僕はこれからもコーヒーを淹れるための言葉を彼女に差し出そう。
「あのさ、そろそろ僕たち……」